「運動した方がいいのはわかっているんですけど…」
外来でこんな言葉を何度聞いたことがあるでしょうか。
健康診断で数値の改善が必要と指摘され、 医師から運動を勧められた患者さん。
最初は意欲的に取り組み始めるものの、 数週間後、数ヶ月後の診察では、 「なかなか続かなくて」と申し訳なさそうに話す姿。
医療スタッフとして、 そんな患者さんをどう支えていけばよいのでしょうか。
なぜ運動は続かないのか
看護師の鈴木さん(仮名)は、 糖尿病患者さんの生活指導を担当しています。
ある日、3ヶ月前に運動を始めたはずの田中さん (仮名・55歳男性)が、HbA1cの数値がほとんど 改善していないことに気づきました。
「最初の1週間は毎日ウォーキングしていたんです。
でも、残業が続いた週があって、 そこから歩けなくなり…。
一度やめると、再開が億劫になってしまって」
田中さんの言葉には、多くの患者さんに共通する 「続かない理由」が隠れていました。
継続できない背景には、 いくつかの要因があると考えられています。
まず、目標設定が高すぎる場合です。
「毎日30分歩く」という目標は、運動習慣のない人にとって ハードルが高すぎることがあります。
次に、効果を実感しにくいことです。
血糖値や血圧の改善には時間がかかります。
目に見える変化がないと、 モチベーションを維持するのは困難です。
そして、生活の中に組み込めていないことです。
「特別なこと」として運動を捉えていると、 日常の忙しさの中で優先順位が下がってしまいます。
小さな成功体験を積み重ねる
鈴木さんは、 田中さんへのアプローチを変えることにしました。
「毎日30分」という目標を、 まず「週に3回、10分」に変更したのです。
「えっ、それでいいんですか?」と驚く田中さんに、 鈴木さんはこう伝えました。
「まずは『できた』という経験を積み重ねることが 大切なんです。
10分でも継続できれば、 それは立派な運動習慣です。
慣れてきたら、 少しずつ時間を延ばしていきましょう」
この「小さく始める」アプローチは、 行動変容の理論でも支持されています。
人は大きな変化よりも、小さな成功体験の積み重ねの方が 継続しやすいのです。
医療スタッフとして、 患者さんに伝えたいポイントがあります。
完璧を目指さないこと。
「毎日できなかった」と自分を責める必要はありません。
週に1回でも、5分でも、 やらないよりはずっといいのです。
日常生活の中に組み込むこと。
「エレベーターの代わりに階段を使う」
「一駅手前で降りて歩く」など、
特別な時間を作らなくても実践できる工夫を一緒に考えます。
- 記録をつけること
- カレンダーにシールを貼る
だけでも、 視覚的に継続が見えるとモチベーションになります。
多職種で支える継続的なフォローアップ
3ヶ月後、 田中さんのHbA1cは少しずつ改善し始めていました。
週3回の10分ウォーキングが習慣化し、 最近では自然と15分、20分と時間が延びているそうです。
「数値が良くなってきたのが励みになります。
でも、一番大きかったのは、鈴木さんが 『10分でもいい』と言ってくれたことです。
それで気持ちが楽になりました」
この事例から学べるのは、医療スタッフによる 継続的なフォローアップの重要性です。
定期的な声かけは、 患者さんにとって大きな支えになります。
「この前の運動、どうでしたか?」という何気ない一言が、 継続の後押しになることがあります。
また、管理栄養士や理学療法士など、 他職種との連携も効果的です。
運動だけでなく、食事や生活リズムなど、 総合的なアプローチで患者さんを支えることができます。
理学療法士の山田さん(仮名)は、関節痛のある 高齢患者さんに対して、痛みが出にくい運動方法を提案しています。
「運動したいけど膝が痛くて」という悩みを持つ患者さんにとって、 専門家からの具体的なアドバイスは継続への大きな助けとなります。
秋という季節を活かす
10月は運動を始めるのに最適な季節です。
暑さも和らぎ、 屋外での活動がしやすくなります。
「夏は暑くて運動できなかった」という患者さんには、 この時期が絶好のチャンスです。
医療スタッフから積極的に「涼しくなってきましたね。 ウォーキングを始めるにはいい季節ですよ」と声をかけることで、 患者さんの背中を押すことができます。
ただし、 秋は季節の変わり目でもあります。
寒暖差による体調変化に注意しながら、 無理のない範囲で運動を続けることが大切です。
朝晩の気温差が大きい時期は、 体調管理も重要な指導ポイントです。
「調子が悪い日は無理をしない」
「体調に合わせて運動量を調整する」
といった柔軟な姿勢も、 長く続けるためのコツとなります。
薬だけでない、多様な選択肢として
運動習慣の定着支援は、 薬物療法と並ぶ重要な治療選択肢の一つ。
もちろん、 薬が必要な場合には適切な使用が大切です。
しかし、生活習慣の改善によって、薬の量を減らせたり、 予防につながったりする可能性もあります。
患者さん一人ひとりの生活スタイルや価値観に合わせて、 無理なく続けられる方法を一緒に探していく。
それが医療スタッフに求められる役割ではないでしょうか。
鈴木さんは今、新しく来院した佐藤さん(仮名・48歳女性)の 運動習慣づくりをサポートしています。
佐藤さんは仕事が忙しく、 まとまった運動時間を取るのが難しい状況です。
「まずは通勤時に一駅分歩くことから始めてみませんか?
朝の10分だけでも大丈夫です」
- 小さな一歩から始める
- 継続的に声をかける
- 他職種と連携する
こうした地道な支援の積み重ねが、 患者さんの健康習慣を育てていくのです。
まとめ
運動習慣の継続支援において、 医療スタッフができることは多くあります。
- 高い目標を掲げるのではなく、 小さく始めて成功体験を積み重ねる
- 完璧を求めず、 できる範囲で続けることを応援する
- そして、定期的な声かけと多職種連携で、 長期的に患者さんを支えていく
秋の心地よい季節を活かして、 患者さんの新しい健康習慣づくりをサポートしてみませんか。
その一歩が、患者さんの人生を変える 大きなきっかけになるかもしれません。