運動処方箋の効果的な書き方:多忙な医療現場での実践ガイド

2025年12月15日 | メディカルフィットネス

「運動してください」と口頭で伝えるだけでは、
患者さんの行動変容は起こりにくいものです。 

しかし、具体的な「運動処方箋」文書の提示で、
実践率は大きく向上すると考えられています。

運動処方箋とは、薬の処方箋と同様に、
運動の種類、強度、頻度、時間を明確に示したもの。

多忙な医療現場でも、効率的に作成し活用できる
運動処方箋の実践ガイドをご紹介します。

運動処方箋が必要な理由

なぜ、口頭指導だけでは不十分なのでしょうか。 

その理由は、人間の記憶と行動の特性にあります。

診察室で聞いた内容は、患者さんが帰宅する頃には
半分以上忘れられているという研究もあります。 

一方、文書で具体的な内容が示されていれば、
患者さんは家に帰ってから何度も見返すことができます。 

「週3回、1回30分、早歩きで」といった
明確な指示があれば、迷わず実践できるのです。

高血圧で通院されていた佐藤さん(仮名・55歳男性)。

以前は「運動を増やしてください」という口頭指導でした。

次回の診察時も状況は変わりませんでした。

そこで、運動処方箋を文書で渡したところ、
次回の診察時に

と報告があったのです。 

「文書で処方」する効果を実感した瞬間でした。

運動処方箋は、患者さんの記憶を補助し、
行動を促す具体的なツールとなるのです。

5分で作成できる運動処方箋の書き方

多忙な診察の中で、運動処方箋を
ゼロから作るのは現実的ではありません。

運動処方箋に最低限必要な項目は、以下の通りです。 

  • 患者氏名と処方日
  • 運動の種類
  • 頻度(週何回)
  • 時間(1回何分)
  • 強度の目安
  • 注意事項
  • 次回評価予定日

これらの項目をA4用紙1枚にまとめたテンプレートを用意。

電子カルテ使用の場合は、
テンプレート機能によって、
さらに効率的になります。

例えば、糖尿病患者さん向けのテンプレートには、
「有酸素運動:週3〜5回、1回30分以上、中等度強度」。

あらかじめ、基本的な内容を記載しておきます。 

診察時、患者さんの状態に合わせての微調整で、処方箋が完成します。

私たちの診療所では、疾患別に5種類のテンプレートを用意。 

高血圧用、糖尿病用、脂質異常症用、
肥満用、一般的な健康増進用
です。

患者さんの状態を確認して、
3〜5分で運動処方箋を作成。 

初期投資で数時間のテンプレート作成で、
その後の時間節約効果は計り知れません。

FITT原則に基づく具体的な記載方法

運動処方箋を作成する際、
FITT原則に基づくことで、
明確で実践的な内容になります。 

FITT原則とは、Frequency(頻度)、Intensity(強度)、
Time(時間)、Type(種類)
の頭文字です。

Frequency(頻度)

「週3回」「週4〜5回」「毎日」など、
具体的な回数を記載します。 

曖昧な「できるだけ多く」ではなく、
明確な数値を示すことが重要です。

Intensity(強度)

患者さんが理解しやすい表現で示します。 
「心拍数110〜130」という数値だけでなく、
「少し息が弾む程度」「会話ができる程度」等
主観的指標も併記すると分かりやすくなります。

Time(時間)

「1回30分」「合計週150分」など具体的に。
患者さんによっては、1回30分が難しい場合もあります。
「10分×3回に分けても可」と示すのも有効です。

Type(種類)

「ウォーキング」「自転車」「水泳」など、
具体的な運動を例示します。 
複数の選択肢を示すことで、
患者さんは自分の好みや
環境に合わせて選べます。

高脂血症で通院の田中さん(仮名・60代女性)への運動処方箋

具体的な記載で、田中さんは迷わず実践。

3ヶ月後には中性脂肪値が正常範囲に改善しました。

安全性を確保する注意事項の記載

運動処方箋には、効果的な運動内容だけでなく、
安全性を確保するための注意事項も必ず記載します。 

これは医療者としての責任であり、
患者さんの安全を守る重要な要素です。

注意事項として記載すべき内容は、
患者さんの状態によって異なりますが、
一般的には以下のような項目があります。

運動を中止すべき症状(胸の痛み、強い息切れ、めまいなど)、
禁忌事項(食後すぐの運動は避ける、体調不良時は休むなど)、
段階的に強度を上げること、水分補給の重要性。

特に、心疾患、高血圧、糖尿病など、
基礎疾患がある患者さんには、
疾患特有の注意点を明記が重要です。

心疾患の既往がある鈴木さん(仮名・65歳男性)の運動処方箋

以下の注意事項を記載しました。

これで鈴木さんは安心して運動を始められました。 

また、家族も安全管理の目安として活用してくれたそうです。

注意事項は、単なる免責事項ではなく、
患者さんの安全を守る重要な指導内容です。

患者さんの生活スタイルに合わせた処方の工夫

運動処方箋は、患者さん一人ひとりの生活スタイルに合わせる。

これだけで実践率が大きく向上します。 

理想的な運動内容でも、生活に馴染まなければ続きません。

診察時に、簡単な質問で生活パターンを把握しましょう。 

これらの情報をもとに、実現可能性の高い処方箋を作成します。

フルタイムで働く山田さん(仮名・50代女性)

「平日:通勤時に一駅分歩く(片道15分)、休日:30分以上のウォーキング」
といった処方を提示しました。 

特別な時間を作る必要がなくなり、
通勤という日常行動に組み込める内容です。

一方、定年退職後の佐々木さん(仮名・65歳男性)

「午前中に週4回、近所の公園を30分歩く」という処方を提示。 

時間に余裕があり、朝型の佐々木さんに合わせた内容です。

同じ「週4回、30分のウォーキング」であったとしても、
個別の状況に合わせた提示で実践率は大きく変わります。 

患者さんの生活を理解し、それに寄り添った処方箋が効果的です。

運動処方箋を活用した継続支援の仕組み

運動処方箋を渡して終わりではありません。 

その後の継続支援が、長期的な運動習慣定着の鍵となります。

まず、処方箋には「次回評価予定日」を明記します。

実際、次回の評価日が明記されている場合、
運動実施率が有意に高いという報告もあります。

人は、他者からの評価への意識によって、行動が促進されるのです。

また、運動記録表を一緒に渡すことも効果的です。 

シンプルなチェック表で構いません。 

日付と「実施した・しなかった」だけでも、
患者さんの意識は大きく変わるからです。

次回の診察時には、必ず運動の実施状況を確認しましょう。 

実施できている場合は、しっかり褒める。

こんな一言が、継続の意欲へとつながります。

実施できていない場合は、
理由を聞き一緒に解決策を考える。 

「時間がない」なら、より短時間でできる内容に修正する。 

「膝が痛い」なら、負担の少ない運動に変更する。

このPDCAサイクルを回すことで、
運動習慣の定着率が高まります。

多職種連携で運動処方箋の効果を高める

運動処方箋の効果を最大化するには、多職種連携が有効です。 

医師が処方箋を作成し、他のスタッフがフォローアップ体制を構築。

患者さんへのサポートが手厚くなります。

例えば、看護師が定期的に実施状況を確認する。 

健康運動指導士が運動の具体的な方法を指導する。 

理学療法士が正しいフォームをチェックする。

このような役割の分担で、
医師の負担も軽減されます。

ある診療所では、医師が運動処方箋を作成し、
看護師が月1回電話でフォローアップする体制を構築。 

看護師は処方箋の内容を確認しながら

と声をかけます。

この継続的なフォローにより、
患者さんの運動継続率が大幅に向上。 

また、患者さんからも

という声が多く聞かれました。

医師一人で全てを担う必要はありません。 

チーム医療として、運動処方箋を活用していきましょう。

運動処方箋の記録と評価

運動処方箋の作成と同時に、診療録への記録も重要です。

何を、いつ、どのように処方したかの記録で、
治療の経過を追跡しやすくなるからです。

また、定期的に効果を評価し必要に応じ、
処方内容を見直すことも大切です。

 体重、血圧、血液検査の数値などの変化と、
運動処方箋の内容を照らし合わせることで、
運動療法の効果を客観的に評価できます。

効果が出ている場合は、その内容を継続するか、
段階的に強度を上げることを検討します。 

効果が不十分な場合は、実施状況を確認し、
処方内容や患者さんのモチベーションに
問題がないか検討します。

この記録と評価のプロセスは、
運動療法の質を高めるだけでなく、
効果的な医療提供にも不可欠です。

まとめ:運動処方箋で患者の行動変容を促す

運動処方箋は、多忙な医療現場でも効率的に作成でき、
患者さんの行動変容を促す強力なツールです。 

テンプレートを活用し、FITT原則に基づき、
具体的な記載で実践的な処方箋が完成します。

患者さんの生活スタイルに合わせ、
安全性にも配慮した処方箋の提示で、
実践率と継続率が向上します。 

多職種連携により、継続支援の充実も可能です。運動処方箋を積極的に活用することで、
患者さんの健康づくりを支援しましょう。

Doctor’s Fitnessでは、医療機関と連携した運動習慣定着プログラムを提供しています。
患者さんの継続的な健康管理をお考えの医療スタッフの皆様、お気軽にご相談ください。

【監修】宮脇 大(みやわき ひろし)
Doctor’s Fitness代表医師/循環器内科医
元大阪大学医学部附属病院/循環器内科(重症心不全・心臓移植)スタッフ
大阪府スマートヘルスプロジェクトアドバイザー

本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の個人の状態に対する医学的アドバイスではありません。連携モデルの導入にあたっては、各医療機関の方針や地域の状況に合わせて調整してください。

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